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更新日:2022/2/5

葉酸代謝とメトトレキサート

★作成時点での情報・記事であり,最新の情報ではありません。

目次

1. はじめに  
2. 葉酸代謝−葉酸の体内での働き [文献1-3]
3. 抗がん剤としてのメトトレキサート [文献4-16]
  大量MTX/LV救助療法  
  MTX/5-FU時間差投与法  
4. 抗リウマチ薬としてのメトトレキサート [文献17-23] 
5. まとめ  
6. 参考文献  

はじめに

メトトレキサートは葉酸代謝拮抗薬であり,抗がん剤・免疫抑制薬・抗リウマチ薬として使用されている。メトトレキサートは,どのような作用で幅広い治療に応用されているのか関心を持ったので,葉酸代謝と抗がん剤・抗リウマチ薬としての作用機序についてまとめた。

葉酸代謝−葉酸の体内での働き

葉酸の構造と食物からの摂取

葉酸は,プテリジン(pteridine)塩基に,それぞれ1分子のp-アミノ安息香酸(p-aminobenzoic acid, PABA)とグルタミン酸が結合した構造をしている。哺乳動物は,葉酸を体内で合成できないため,葉酸を含む食物を摂取する必要がある。葉酸は,酵母・肝臓(レバー)・緑菜野菜に多く含まれている。食物中の葉酸誘導体は,(モノグルタミル)葉酸に分解されて吸収される。吸収後,葉酸レダクターゼ(folate reductase)により,テトラヒドロ葉酸(tetrahydrofolate, FH4)へ還元される。

 

(モノグルタミル)葉酸

 
葉酸レダクターゼ



 
 

ジヒドロ葉酸

 
ジヒドロ葉酸レダクターゼ



≪メトトレキサートはここを阻害
 

テトラヒドロ葉酸

 

テトラヒドロ葉酸は,C1単位(メチル基,メチレン基,メテニル基,ホルミル基,ホルムイミノ基)の転移酵素の補酵素として働く。FH4は核酸のプリン塩基の生合成では,N10-ホルミルFH4をホルミルトランスフェラーゼの補酵素として,ピリミジン塩基の生合成では,N5, N10-メチレンFH4をチミジル酸シンターゼ(thymidylate synthetase, TS)の補酵素として必要とするほか,アミノ酸代謝に必要である。チミジル酸(thymidylate)は,DNA合成と赤血球の形成に必要な前駆体の1つであるため,TMPとジヒドロ葉酸を生産することが必須である増殖細胞におけるテトラヒドロ葉酸の欠乏は,細胞分裂および赤血球の核の形成を阻害し,巨赤芽球性貧血を起こすなど,ジヒドロ葉酸レダクターゼの阻害剤に対し著しく高い感受性を示す。

抗がん剤としてのメトトレキサート

メトトレキサートとは

メトトレキサートは,1940年代にaminopterin(アミノプテリン),続いて葉酸の4-NH2-N10メチル基の合成剤として開発された。したがってメトトレキサートは,葉酸類似体としてジヒドロ葉酸レダクターゼと強固に結合して,ジヒドロ葉酸のテトラヒドロ葉酸への還元を阻害する。その結果として,TMPおよびプリン塩基の合成,アミノ酸代謝を阻害する。メトトレキサートは,急性白血病,慢性リンパ性白血病,小児白血病などの白血病や婦人の絨毛がん,乳がん,頭頚部腫瘍など幅広い抗腫瘍効果を持っているが,他の抗がん剤と同様に,腫瘍細胞のみに作用する選択性は小さく,正常組織とくに消化器系粘膜細胞や骨髄細胞にも毒性を生じる。

多剤併用療法とBiochemical Modulation

抗がん剤は細胞分裂の休止期G0期にある細胞には作用せず,分裂の周期上にある細胞に作用する。DNA合成に関与する薬剤はS期の細胞を傷害し,RNA合成に関与する薬剤はG1期からG2期にわたって細胞を傷害する。一方,がんではそれぞれの細胞がそれぞれの細胞周期上にあるので,1種類の薬剤だけで治療することは困難で,現在ではがん組織内の抗がん剤感受性の異なる細胞集団をできる限りたたくために多剤併用療法が広く行われるようになっている。

Biochemical Modulation(生化学的修飾)とは,抗がん剤(エフェクタ)を投与する際に,ある薬剤(モジュレータ)を投与することにより,その抗がん剤の薬理動態を変えたり,薬力学的に変化させることによって抗がん活性を引き上げたり,分解を遅らせたり,さらに正常細胞に対する毒性(副作用)を軽減したりすることをいう。現在臨床研究が進んでいるのは,5-FU(フルオロウラシル)を中心として,これに他剤を併用することによって,難治性の進行消化器がんの治療に用いられている。

大量MTX/LV救助療法

MTXの細胞内薬理作用

MTX(methotrexate:メトトレキサート)の細胞内への膜通過は,自然界における還元葉酸剤の膜通過機構と同様で,能動輸送・飽和性・エネルギー依存性である。血中の還元葉酸とMTXの細胞内取り込みはお互いに競合し,濃度が高い方から先に取り込まれる。細胞内に入ったMTXは,DHFR(dihydrofolate reductase:ジヒドロ葉酸レダクターゼ)と急速に結合するが,この結合親和性はNADPHの存在に大きく影響される。細胞内のDHFR量は,還元葉酸プールの維持に必要な量よりも過剰に存在する。そのため,FH4プールを枯渇させるには,細胞内に充分量の遊離MTXが必要である。細胞内の遊離MTXは代謝されて,末端のグルタミン酸が連鎖的に付加されてMTX-ポリグルタミン酸(MTX-polyglutamates)になる。このMTX-ポリグルタミン酸は,細胞内に長く留まり,DHFRの作用を長く阻止し,細胞殺作用を延長させる。MTX-ポリグルタミン酸の生成は,MTXの濃度と作用時間に依存しており,また組織によって生成に差がある。

MTXの耐性機構と大量MTX

MTXに対する耐性は,能動輸送の障害,MTXのpolyglutamatesへの変換の低下,そしてDHFR遺伝子の増幅によるDHFRの過剰産生などが生じることによる。細胞外が高濃度であるとき,MTXは受動輸送によって細胞内に取り込まれるため,MTXの能動輸送を行わないMTX耐性細胞にも薬剤を浸透させることができる(大量MTX)。大量MTXは血液・脳関門などのために薬物が十分に浸透しない(中枢神経系や睾丸など)薬理学的聖域にも薬物が浸透するので,中枢神経系に転移した腫瘍の治療に有効である。その上大量MTXは従来量のMTXに比べてMTX耐性が生じにくい。

LVの細胞内薬理作用

LV(leucovorin:ロイコボリン)は,葉酸転換酵素によって血中の葉酸であるN5-methyl-FH4に容易に転換される。LV救助療法の基本戦術は,正常細胞にLVを選択的に供給し,DHFRからMTXを競合的に離脱させ,プリンおよびピリミジンの合成を復旧することにある。一方,MTX-polyglutamatesでは離脱が生じず,またほとんどの腫瘍細胞は大量のMTX-polyglutamatesを生成するため,LV救助は行われにくい。しかし,腫瘍の中には十分な細胞外の高濃度LVが存在すると腫瘍細胞も救助されてしまう。LV救助はMTX投与からできるだけ遅く開始できれば治療効果は最大になり,LVを必要最小量投与したときに治療効果は最大になる。

MTXの体内薬物動態

MTXの細胞毒性の発現には,それぞれの標的組織に決定的な濃度境界および時間境界があり,毒性はこの濃度境界および時間境界を超えたときに生じる。骨髄および小腸粘膜上皮細胞にとって決定的な濃度境界および時間境界は,10-7mol/lおよび42時間であるが,毒性の重症度は時間境界の42時間を超えた延長時間に相関する。時間境界(42時間)以内であれば,濃度境界(10-7mol/l)をはるかに超えた場合でも毒性は少なく,濃度には比較的依存しない傾向がある。MTXは腎尿細管細胞から能動的に分泌される。サリチル酸,非ステロイド剤,抗炎症剤などの弱酸剤は腎尿細管細胞からの細胞膜通過でMTXと競合するため排泄が遅れて毒性を増強させるので,同時使用は慎むべきである。

MTX/5-FU時間差投与法

5-FUの作用機序

5-FUは,腫瘍細胞が正常細胞に比べて,ピリミジン塩基のウラシルを多量に核酸の生合成に利用しているという観察から開発されたものである。その制がん作用に関して主として3つの説が存在する。

  1. 5-FUの代謝産物5-フルオロデオキシウリジン一リン酸(5-FdUMP)によるチミジル酸合成酵素(TS)活性障害によって起こるDNA合成低下である。すなわち,5-FdUMPはFH4(テトラヒドロ葉酸)およびTSと複合体を形成し,dUMP(デオキシウリジン一リン酸)からのチミジル酸合成を競合的に阻害する。
  2. 5-FUの代謝産物5-フルオロデオキシウリジン三リン酸(5-FdUTP)がデオキシチミジン三リン酸(dTTP)の代わりにDNAに取り込まれ,5-FUを除去するDNAの修復過程においてDNAが切断され,その結果制がん作用を示す。
  3. 5-フルオロウリジン三リン酸(5-FUTP)がウリジン三リン酸(UTP)の代わりにRNAに取り込まれ,RNAのprocessingが阻害され制がん作用を示す。

MTXによる5-FUの効果増強

MTXは,DHFRの阻害,還元型葉酸プールの低下,TS活性の阻害,DNA合成低下と,連鎖的な代謝阻害を生じるが,還元型葉酸プールの低下はプリン合成を低下させる。また,MTX-polyglutamatesによってもプリン合成は阻害される。MTXによる強いプリン合成阻害は,ホスホリボシルピロリン酸(PRPP)の細胞内蓄積を起こす。MTX/5-FU時間差投与法のポイントは,このPRPPが5-FUを5-FUMPに変える酵素オロチン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼの基質になっていることである。すなわち,MTXの前投与によりPRPPは増加し,5-FUから5-FUMP,さらには5-FUTPへの代謝を促進させるので,5-FUは大量の5-FUTPとしてRNAに取り込まれ制がん作用が増強される。

MTXによるプリン合成の低下

PRPPの細胞内蓄積

オロチン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼによって
5-FU→5-FUMP,さらに5-FUTPとなる

5-FUTPはRNAに取り込まれ制がん作用を発揮する

チミジル酸合成酵素とMTX/5-FU時間差投与法

5-FUがMTXにmodulationされるためにはがん細胞にTS(チミジル酸合成酵素)が存在し,DNA合成上の経路が作用していることが必要である。スキルス型(未分化型腺がん)細胞では,TS合成が活発に行われているのに対し,非スキルス型細胞ではその産生が低い。すなわち,スキルス型細胞はMTX/5-FU時間差投与法に特異的な高い感受性を示す。

MTX/5-FU時間差投与法の副作用対策

この療法での副作用は下痢と白血球の低下である。下痢はいかなる薬物療法にも反応することは少なく,最も危険な副作用である。したがって,下痢の出現は治療休止の重要な目安となる。好中球の減少で,好中球数が500-1000/cm3程度になってきたら,治療を中止しなければならない。治療再開は副作用が十分に回復してから行い,投与開始前には必ず下痢の有無,白血球数,口内炎の有無などを確認してから続行または中止を判断する必要がある。

抗リウマチ薬としてのメトトレキサート

抗リウマチ薬としてのMTXの歴史

1951年に慢性関節リウマチ(Rheumatoid Arthritis:RA)にも有用であることが初めて報告されたが,その強い副作用のため,広く普及しなかった。その後1980年代になり,MTXの投与方法も工夫され,米国では1988年にFDAによりRA治療薬として認可された。日本では,RAに対する間歇投与療法の有効性が報告されているが,今なおMTXはRAの適応症とされていない。

低用量MTX間歇投与療法

低容量MTX間歇投与療法は,現時点では中等度活動性以上のRAで,少なくとも1つのDMARD(抗リウマチ薬)が無効であり,進行した肺病変,腎障害,骨髄抑制,アルコール中毒,感染症,妊娠などのMTX危険因子または禁忌がない症例に対して用いる。MTXを週7.5mgから20mgの範囲で,週1回あるいは1日3回,8〜12時間毎に経口,または週1回の筋注で投与する。非ステロイド剤(NSAIDs)が併用薬として用いられており,副作用を減弱する目的でLVの投与が行われている。投与後3〜8週で,関節腫脹などの臨床症状,臨床検査所見,医師や患者の総合評価の改善が半数以上の症例にみられる。またDMARDに抵抗性あるいは効果減弱(エスケープ現象)した症例にも有効で,長期投与においてもDMARDと異なりその効果は持続する。

副作用と合併症

多くは軽症の消化器症状で,食欲不振,吐気,嘔吐,口渇,下痢などである。また口内炎が約10%にみられ,局所療法で改善するが,これが発生すると約8週後に肝機能障害を生じることが報告されている。造血器系障害に関しては,骨髄抑制による白血球や血小板減少症は,一時投薬中止,あるいは葉酸またはLVの投与で回復する。腎機能低下の際は,骨髄抑制の危険があり,またクレアチニンクリアランスが60ml/分以下はMTX投与をしてはならない。MTXの重篤な副作用として,急性間質性肺炎(MTX肺炎)がある。重症の場合は,アレルギー性肺胞炎となり,予後不良である。診断がつけば,MTXの投与中止とステロイド剤投与により,多くは症状が改善する。また腎機能低下例にNSAIDや利尿剤をMTXと併用すると,MTXの排泄を障害するので副作用の原因となる。

まとめ

メトトレキサート(MTX)は,葉酸代謝拮抗薬としてDNA合成を阻害することで,種々の細胞の増殖を抑制する。適用範囲は,抗がん剤として白血病,絨毛上皮がん,乳がんなどがあり,他に骨髄移植の際の免疫抑制薬,抗リウマチ薬として慢性関節リウマチ(RA)に用いられており,幅広い有効性を示している。副作用には,骨髄抑制,口内炎,下痢などがみられるが,いずれも葉酸またはLVの投与により症状は回復する。副作用が現れてきたときは速やかに投与を中止し,葉酸の投与などの治療を行わなければ生命に関わることがあるため,MTXの長期使用には注意が必要である。

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