更新日:2022/2/4
M4 法医学−アルコールに関する法医学関連事項
★作成時点での情報・記事であり,最新の情報ではありません。
発表資料として作成されたものをHTML化したものです。 いくつか脱落した項目がありますが,時間があれば補足するかもしれません。
■目次
作成日 2001年 1月 11日 (木)
1.血中アルコール濃度と酩酊症状
a)普通酩酊と酩酊度
酩酊とは,アルコールその他の薬物を摂取して生じる急性の中毒状態のことをいい,大脳の高等感情が統制を失って発揚状態を示す。
酩酊度 |
血中濃度(mg/ml) |
症状 |
弱度酩酊 |
0.2-0.5 |
気分が爽やか,判断力がやや鈍くなる。 |
軽度酩酊 |
0.5-1.0 |
ほろ酔い気分,抑制除去,不安・緊張の減少,陽気,反応時間遅延 |
中等度酩酊 |
1.0-1.5 |
多弁,感覚軽度鈍麻,大胆,感情不安定,注意力減退 |
強度酩酊 |
1.5-2.5 |
平衡感覚麻痺(千鳥足など),感覚鈍麻,複視,言語不明瞭,
理解・判断力障害,眠気,衝動性 |
泥酔期 |
2.5-3.5 |
運動機能麻痺(歩行不能),意識混濁 |
昏睡期 |
3.5-5.0 |
昏睡,感覚麻痺,呼吸麻痺,死 |
酩酊度は,個人的な代謝の歳や脳の感受性,年齢,飲酒習慣などにより影響を受ける(個人差が大きい)。
道路交通法による「酒気帯び運転」のアルコール濃度は血液中0.5mg/ml,あるいは呼気中0.25mg/ml異常である。しかし本来は精神医学的検査,神経生理学的検査などにより判断されるべきである。
b)異常酩酊について
飲酒後の一般的な酒酔い状態である普通酩酊では,血中アルコール濃度にほぼ並行し段階的に酩酊度が進行する。これに対して異常酩酊では質的・量的に著しく異なった酩酊状態が生じる。異常酩酊は量的異常である「複雑酩酊」と量的異常である「病的酩酊」がある。
- ●複雑酩酊と病的酩酊の鑑別点
- 複雑酩酊は普通酩酊の程度が著しい例であり,興奮や刺激性亢進などのため,粗暴な行為が出現しても,周囲の状況から了解可能である。複雑酩酊中の記憶は機略的に保たれており,広範な記憶欠損が出現することはない。
一方,病的酩酊では突然に意識障害とともに興奮状態が出現し,ついには深い睡眠状態となり,完全健忘を残す。もうろう型では,不安・苦悶が強く,衝動的行為が出現する。せんもう型は,運動不安・幻覚体験を伴う。発生の基盤には慢性アルコール中毒の他,頭部外傷などの納期質疾患を伴う場合もある。
- ●法的意義
- 異常酩酊では犯罪行為がしばしば見られる。
-
複雑酩酊−特に激情犯罪が多い,一部免責 |
病的酩酊−自殺が見られるときもある,無責 |
異常酩酊では,中枢神経機能の低下があり,刑法第39条にいうところの心神喪失状態にあるといえる。しかし,飲酒行為を自らの自由かつ正常な判断能力をもって選択したものである限り,法の追求を免れることはできない。
c)急性アルコール中毒死の診断
2.アルコールの吸収,体内分布,代謝および排泄
a)血中および呼気中濃度の関係とその意義
血中アルコール濃度と肺胞におけるアルコール濃度の比は,2000:1前後であり,呼気中へ排出されるアルコール量はきわめて少ない。
b)血中および尿中濃度の関係とその意義
尿中アルコール濃度については,吸収期では血中アルコール濃度よりも低いが,分解期には飲酒量と関係なく血中アルコール濃度との間に一定の比例関係(尿/血液=1.30)があるが,血中アルコール濃度が低くなるとこの値が大きくなる。
c)Widmarkの理論式・曲線
血中アルコール濃度と飲酒量の関係を表す式
飲酒が開始されると同時に全てのアルコールが血中に吸収されたものと仮定して,A=CPγ,Ct=C-βtと表される。
A: |
摂取アルコール濃度(g) |
P: |
体重(kg) |
C: |
血中アルコール濃度(mg/ml) |
γ: |
体内分布係数〔アルコールの分布しにくい硬組織や脂肪などの部分を差し引くための係数,
人体の含水量(0.70)を示し,0.50〜0.97程度,欧米人で高い。〕 |
β: |
毎時の血中アルコール濃度低下〔0.12〜0.19‰〕 |
Ct: |
t時間後のアルコール濃度 |
個人差はγおよびβに依存する。この式を用いると,血中濃度から飲酒量,飲酒量から一定時間後の血中濃度などの算出が可能になる。
d)吸収に影響を及ぼす要因
アルコールは,20〜30%が胃で吸収され,残りの70〜80%が小腸(特に十二指腸と空腸上部)で吸収される。アルコール飲用中のアルコール濃度が高いほど吸収は早く,また胃内に食物などが存在していると吸収は遅くなる。
e)体内分布に影響を及ぼす要因
f)代謝に影響を及ぼす要因とその個人差の遺伝的背景
3.慢性アルコール中毒の分類と症状
■アルコール依存症の症状
下記のように「身体的症状」,「精神的症状」,「社会的症状」の三大症状に大きく分かれる。
a)身体的症状
消化器症状 |
慢性胃炎,胃潰瘍(腹痛,食欲不振,吐き気,嘔吐,吐血),大腸障害(下痢)
アルコール性肝炎すなわち脂肪肝(肝肥大,右上腹部痛,全身倦怠感)
肝硬変(黄疸,腹水)
膵炎,胆石(腹痛)
糖尿病(諸症状) |
循環器症状 |
血管拡張
動脈硬化症,高血圧,循環障害
アルコール性心筋症(心肥大,不整脈,頻脈)
アルコール性脚気心
脂肪肝 |
神経系症状 |
神経機能低下
脳神経症状(頭痛,めまい,耳鳴り)
小脳変性
振戦(手指,全身)
言語障害
多発性神経炎(神経痛)
アルコール性弱視(視神経萎縮)
眼筋麻痺
腱反射減退,消失
男性不能 |
筋肉系症状 |
筋脱力
筋炎,筋肉痛
筋強直,痙攣 |
その他の症状 |
低タンパク血症
貧血
電解質異常(低カリウム血症,低マグネシウム血症)
尿酸増加
感染症発生増加
ペラグラ(皮膚症状・消化器症状・精神神経症状に大別される。皮膚の露出部特に手背,足背,顔面,頚部に灼熱感を伴う浮腫性,暗赤褐色紅斑が生じ,小水疱・水疱・膿疱・びらん・痂皮を形成し,膜様に落屑し,色素沈着・色素脱失を残す。首周囲に生じた紅斑をカザールの首飾りCasal's
necklaceという。舌炎・口角炎・口内炎も生じる。腹部症状には食欲不振・腹痛・頑固な下痢が,精神神経症状には頭痛・耳鳴り・腱反射亢進・末梢神経炎・知覚運動麻痺・幻覚・痙攣・痴呆が認められる。) |
b)精神的症状
1)精神不安定状態
情動的敏感,焦燥感(イライラ感),衝動性,気分易変,憤怒(怒りっぽさ),抑鬱気分,不眠,人格レベル低下,倫理道徳観減退,自己中心的,虚言,無責任,無関心,無頓着,感情爆発性,感情失禁,意欲低下,注意力低下,記憶障害,思考力低下,作業能率低下
2)アルコール精神病
振戦・せん妄 |
急性に発症する意識混濁,幻視(小動物の群など),幻触(蟻走感など),見当識障害,精神不安,不眠,全身的振戦,自律神経症状,発熱などを認め,症状は数日間持続する。飲酒量を減量したり断酒した場合の離脱症状(禁断症状)として発症することが多い。 |
アルコール幻覚症 |
身体症状はほとんどなく,意識清明,見当識は保たれ,幻聴(侮辱・脅しなどの声)が主である。自傷,自殺なども起こりやすい。症状は数日から数週間持続する。 |
アルコールパラノイア(妄想型) |
妻に対する嫉妬・妄想が最も多い。被害妄想,追跡妄想などもある。 |
アルコールてんかん |
脳波上特異的所見はないが,真性てんかんと同じような症状経過を示し,壮年期以後に見られる。離脱症状として発作が起こることが多い。 |
コルサコフ病 |
振戦・せん妄に続発する脳の器質的症状で最も著明なものは健忘症候群である。記憶障害が著しく,失見当識,作話などが見られる。身体症状として多発性神経炎,感覚異常,筋肉痛などが起こり,断酒によって数ヶ月ないし数年で症状の一部は軽快する。 |
ウェルニッケ脳症(出血性上部灰白質炎) |
最も重症のアルコール精神病で,急性のせん妄,健忘症状,傾眠,昏睡に移行して,10日ないし2週間で死亡する例が多い。 |
アルコール痴呆 |
大脳の器質的変性が進行し,精神衰弱状態,記憶障害,判断力低下,知能低下が徐々に現れる。 |
他の精神病との合併症 |
精神分裂病や躁鬱病に合併することが多い。 |
c)社会的症状
家庭において |
暴言,暴力,夫婦不和,親子断絶,孤立,家出,別居,離婚 |
職場において |
飲酒して出勤,怠業,欠勤,仕事上の失敗,信用失墜,人間関係のトラブル,無責任,失業,経済的破綻など |
地域社会において |
他人への暴言・暴力,迷惑を顧みない行為,友人・知人・近所隣の人々に酒を要求,借金,他人の財産や公共の器物・施設破壊,場所を選ばず眠り込む・火気などの不始末など警察保護・救急車の出動など |
犯罪として |
無銭飲食,窃盗,恐喝,傷害,殺人など |
自殺または自殺未遂 |
幻覚・妄想に基づくものや,生活能力の低下,自信喪失などによる |
■診断のポイント
飲酒量が増え,1日のうち酩酊時間が長くなり,自分の飲酒を制御できなくなる。飲酒を中止もしくは減量しようとしたとき,離脱症状が出現する。飲酒行動が他の重要な社会的行動よりも優先するようになる。過量飲酒に関連した身体的・社会的障害が生じ,障害があるにもかかわらず飲み続ける。
■症候の見方
次の1.〜4.について症候上の具体的な着眼点を述べる。
- 離脱症状には,数年以上の過量飲酒歴があり,飲酒の開始と終結,酒量に関する自己制御が困難となり,抗しがたい衝動的な飲酒欲求に見舞われるようになる。
- 離脱症状には,飲酒中止から数日後に出現する後期離脱症候群(振戦・せん妄)以外に,離脱後7〜24時間の比較的早期に出現する早期離脱症候群(@不安・焦燥感・抑鬱気分などの不快感情,A悪心・咽頭異常感・嘔吐・発汗などの自律神経症状,B振戦,C一過性幻覚症,D痙攣発作)がある。痙攣発作は普通せん妄に入る前から出現する。患者は,こうした早期離脱症状の軽減の目的で飲酒するようになり,朝酒・昼酒が常習化する。
- 飲酒を中心とした行動パターンが目立つようになり,生活にバラエティと潤いを失う。飲酒行動そのものも酔うための飲酒という単純なパターンに陥ってしまう。
- アルコール関連心身障害は,肝障害・胃十二指腸潰瘍・糖尿病・膵炎・多発性神経炎・外傷など多彩であり,特に肝障害はアルコール依存症患者の70〜80%に認められ,γ-GTP値が100単位以上となり,GOT値の上昇があればアルコール依存症が疑われる。またアルコール関連社会障害としては,二日酔いによる欠勤や事故・失業・家庭内不和・経済的困窮などがある。
4.アルコール性臓器障害の特徴
■肝臓
●脂肪的変化fatty change
エタノール摂取による無症候性急性可逆的発現
慢性アルコール中毒では脂肪蓄積が肝腫大を引き起こす。この機序は以下の通りである。
- 末梢組織での脂肪の異化が増進し,肝臓への遊離脂肪酸の運搬が増加する。
- エタノール,アセトアルデヒドの代謝はNADをNADHに変換し,脂肪の生合成を促進する。
- ミトコンドリアによる脂肪酸の酸化が減少する。
- アセトアルデヒドはtubulinと複合体を形成して微小管の機能を傷害し,肝臓からのリポ蛋白の輸送を低下させる。
●アルコール性肝炎
過剰飲酒を契機にして,急性の肝障害の臨床症状を示すもの
- アルコール硝子体(マロリー小体Mallory's body)
- 多形核白血球の浸潤を伴う肝細胞壊死
- 肝細胞の風船様変化
ミトコンドリア障害,グルタチオンの枯渇,シトクロムP-450の賦活化による活性酸素産生増加の影響
●アルコール性肝硬変
衰弱,るいそう,腹水,消化管出血および昏睡を呈する不可逆である重篤な病態
- 著明な脂肪沈着により肝臓はしばしば黄金色
- 肝臓表面には1〜5mmの比較的均一な結節
- 細線維束に囲まれた亜小葉性偽小葉を形成
- 類洞周囲腔の線維化−伊藤細胞でのコラーゲン合成,蓄積
- α−トコフェロールの肝ストック減少→活性酸素への抵抗力減弱
■膵臓
急性膵炎,慢性膵炎
■胃
急性胃粘膜病変(AGML),Mallory-Weiss症候群
■神経系
アルコールによる急性抑鬱性効果(acute depressive effect)やアルコール性嗜癖は,細胞膜リン脂質の流動化および変化したシグナル変換と関連している。
- ビタミンB1欠乏→ニューロンの変性と反応性グリオーシス
- 小脳や末梢神経の萎縮→運動失調や認識障害,眼筋麻痺・眼振など(Wernicke syndrome)
- 低栄養→高度な記憶障害(Korsakoff syndrome)
■循環器系
アルコール性心筋症,心筋の変性疾患,アルコール毒性の直接作用
■高血圧
アルコールによってカテコールアミン放出が促され,血管が収縮
適度な飲酒の効果
■骨格筋
急性アルコール性ミオパチー
■造血系
遅延型過敏反応に支障,顆粒球増加症
■生殖器系
男性:睾丸萎縮,女性:無月経や卵巣の縮小,自然流産
胎児への影響
胎児アルコール症候群(Fatal Alchohol Syndrome)
小頭症,顔面異型(facial dysmorphology),脳,循環器(ASD,VSD),尿生殖器の奇形など発育・成長障害
アセトアルデヒドの関与が疑われている。
■腫瘍
口腔内癌,咽頭癌,食道癌,肝癌,乳癌の発生リスク増進
アセトアルデヒドが発ガン促進因子としての役割
エタノールによるシトクロムP-450代謝酵素の誘発が他の発ガン物質の代謝活性亢進
肝臓でのレチノール変性を増加→ビタミンAの欠乏
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